20
真ん丸なつばなし帽子に、サスペンダーで吊った半ズボンから伸びた脚はまだまだ幼く、踵にトンボの羽根がついた靴が、いかにも精霊でございますとばかり、その素性を象徴しているかのよう。見かけはせいぜい、まだ二桁にも満たないくらいの年頃の坊や。それが、天聖世界の双璧と、風使いの仙聖という上級精霊3人を前にして、平然としているところもまた、異様な取り合わせではある。初見の野生の獣を…その凶暴さを測りかねてのこと、大掛かりな陣を敷いて捕獲しようとする図のようでもあったし、何より、こちらの器量も多少は分かっていように、全く怯まない様子の少年であるのが、こちらにしてみりゃ少々苦々しいし、歯痒くもあって。
「……。」
そんな心境になってるせいでだろうか。眉間にしわ寄せ、険しい表情を隠し切れずにいるゾロとサンジの醸す空気を背後に感じ、
「そちらも随分と捨て鉢で…一か八かでかかって来たらしいようだけれど。」
くすりと小さく微笑ったロビンの言いようへ、
“…え?”
こちらの陣営がハッとして息を飲み、それと真逆に、
「…。」
坊やからの減らず口が返って来ないのは、ほぼその通りを言い当てられたからだろう。この亜空間をくるむ結界障壁は、陽界陰界を区切る“聖楔結界”に準ずるほどもの強固なそれであり、これを張ったサンジを説得するか発動を解くかしない限り、半端な能力しかない者では外へ出られない。継続咒は詠唱し続けなければならぬから、永続咒には劣るような言い方をサンジ自身がしていたが。その代わり、術者が発動を解かぬ限りは途切れない。なので、例えば“風火土水”どれかの属性咒だったとして、抗性咒で中和するにしても、継続咒へだと一瞬の対処では意味がないほど効きにくく、その点は永続咒以上の柔軟性があるといえ。そんな厄介な障壁を張られることも厭わなかったということか? いやいや、一か八かの捨て鉢でとまで言うからには、もっと強いものへの一気呵成なぶつかりようを差しているのではないか? 春に初見で当たったおりには、やはりサンジが張った結界を擦り抜けて、亜空へ入り込んでた彼ではなかったか?
“……。”
ずっと気配を伺っていたような言いようをしたロビンであり。ここでの先程までの対峙の一部始終のみならず、この少年のここ最近の動向自体を探っていたような節もあり。玄鳳の生気まで回収したとは穏やかじゃあないけれど、そんなことまでできる相手と把握していた彼女でも、いやさ、だからこそ。ルフィが何によって堅く護られているのかということも把握しており、それが途轍もなく強固な代物だからロビンは安んじていたし、一方で、謎の坊やの側では…ルフィの上へと輻輳して張られていた護衛の結界にどこまで理解が及んでいたのやら。とうとうその身へ飛び込むなんて無体までやってみたものの、やはり奪うことは叶わずで。
“自我なんて要らないと言ってはいたが。”
陽世界の存在の、殻器に取り込まれた精気の力は半端じゃあない。殻の中で濃縮されての“個”がくっきりしているため、そうまで芯の強い自我はさすがに押さえ込めない彼なのかも。そういえば、彼がひょこひょこと顔を出していたらしき様々な精気泥棒の騒ぎが、なのにサンジやゾロにまでは伝わって来ていなかったのも、自我を持つ陽世界の誰ぞを喰ったの飲んだのという騒動はまだ起こしてはいなかったからだったとすれば。
“……なんだ、そういうことか。”
ルフィが人事不省にでもならぬ限り、その身を侭には出来ぬらしい。それが判ってやっとのこと、少しばかりは安堵したと同時、がっちがちの護衛ではなく、自分の存在も隠し切っての見守ってただけだったロビンの魂胆も飲み込めたサンジだったけれど。
“…。”
たとえ手古摺ってでも、それを恐れてる場合じゃあないと思い詰め、
“俺らを潰してでも連れ去ろうとしたってか。”
そうまでしてルフィを欲しがっていた彼だということにもなろうが、
“………なんでまた?”
先の騒ぎのときに自分の企みを妨害した存在だから? 天聖世界への盾に出来ると踏んだから? 仕返しなんざに自分の身の危険を顧みない愚行を選ぶ馬鹿ではなかろうし、天聖世界への盾…ならば、綺麗ごとを言えばそこいらのか弱い子供の誰でも同じで、首脳部は対処と交渉へ必死に対応するだろし、汚い処断を言えば、それがルフィでも特別扱いはしないで、いざとなったら一より数多を選んでの見殺しを通すやも知れぬ。既に双璧二人が鼻面引き回されたほど、上級精霊だとて物ともしない能力を持つ彼が、なんでまたこちらのルフィを欲しいとするのか。ロビンが突きつけた言いようは単刀直入だったけれど、成程、それが全ての謎の鍵には違いなく。そして、
「何ならルフィ本人へ交渉してみれば?」
「な…っ。」
あまりの唐突発言へ、感情を隠せようもないままの素でギョッとしたサンジや、
「…っ。」
思わずのこと、懐ろへと庇われていた破邪の胸元へしがみついた手をきゅうと力ませた当人へも構わず、言葉を紡ぎ続けるロビンであり。
「本人の内へすべり込むなんていう、最後の手段にも出てもダメだったのですもの。どうやら、ただその身を操れるってだけじゃあダメなみたいだし。……そうなんでしょう?」
意志を封じてその身を操ること自体は、そういえば可能だったのだ。だが、
「ただ寄り代にするだけでは不十分だった。だから、とりあえず連れ去ろうとした。大方、どこかで落ち着いて策を練りたかったのでしょうね。聖護翅翼を取っ払うなんて、そうそう簡単に出来ることじゃあないもの。」
ふふふと楽しそうに微笑って見せて、
「さあ、本人へ訊いてご覧なさい。あなたがどうしたいのか。
交渉次第じゃあ聞いてもらえるかも知れなくてよ?」
「ロ、ロビンさんっ。」
あわわと泡を食ったサンジが、とうとう声を掛けており、
「なぁに?」
「なぁに?じゃないでしょうが。何でまた“交渉してみないか”なんて。」
「あら、だって。またぞろこんな騒ぎを起こされちゃあ堪らないじゃない。
ルフィだってドキドキしながら日を過ごさなきゃならなくなる。
そんなの面倒よね?」
「面倒って…。」
こんな輩の言うことを、どんな条件であれ飲めるはずがないでしょうが…と。続けかかったサンジの口が、どういうわけだか ぐうっと閉ざされてしまい、
「さあ。交渉してご覧なさいな。」
これほど晴れやかな笑顔には覚えがないぞと。こんな時ながらもそんな方向で、ゾロがぞわぞわっと背条を凍らせたほど、思い切りにっこりと微笑って促したロビンの言いようへ、
《 ………。》
そこはやっぱり…あちらさんもまた、素直に“はいそうですか”と飲むのは難しいのだろう。疑り深い顔つきの上目遣いとなり、ロビンやサンジやゾロのお顔を順番にじいと見やっていたのだけれど、
「………うん。言ってみろよ。」
「るふぃ?」
さすがにこちらさんは、ロビンほど朗らかにとは行かなかったようではあるが。それでも…何とか意を決しての顔を上げ、ふわりと浮かんでいる不思議な精霊の坊やへ向けて、そんなお言いようを差し向けたルフィであり。
「おいおい、ルフィ。」
どうせロクなことを言うはずはないと、いつのまにか口が自由になっていたサンジが言い足したものの。まとまりの悪い髪、ふさふさと揺らしてかぶりを振ると、
「俺も知りたい。何でまた、俺を狙うんだ?」
直接の襲撃はこたびが初めてのことだけど。春先の騒動とやらを、ルフィ自身は他人ごとと解しての全く覚えていなかったけれど。こうなる予測があってのこと、サンジやゾロが緊張していたくらいだから。よほどはっきりと宣言したか、予兆行動を示していた彼だのに違いなく。そして、
「ゾロやサンジを相打ちさせるような、
ただじゃ済まないそんな酷いことをまたやらす訳にもいかねぇ。」
ルフィとしては。自分の身がどうのこうのよりも、その余波で大事な人たちが翻弄されての傷つけられるのが堪らないのだ。非力だから庇われるのは仕方がなかろうが、ルフィの裡(うち)なる何かに太刀打ち出来ないからと、その対抗策のようなことだというのは判ったから。だったら…、
「俺が納得行くことなんなら、聞いてやらんでもないからさ。」
「な、なにをっ!」
判りやすくもいきり立ったサンジと違い、
「……。」
ゾロの側はといえば…口を噤んだままではあったが。ルフィがちょっぴり視線を降ろしたのは、彼の胸元へと伏せていた手を、ぐいと力強く掴まれたから。視線を上げれば、
「…。」
見上げた翡翠の眼差しには、突然ロビンの言いようへと乗ってしまった護り子を、咎めるような、若しくは案じるような、激しく波打つような感情の色合いこそなかったけれど。何を言い出しても関係ない、ルフィを護るのは当たり前のことだとしていた彼だからこその落ち着きなのであり、ただ。
「……うん。こっからは離れない。」
自分の側からも、頼もしき破邪の懐ろからは離れぬと。ゾロの手が重なったままの手で、相手のシャツをぎゅうと掴んで見せたルフィだったから。ここから離れてまでの無謀はしないと、彼からの護りを無にはしないと、それだけは約束し合った模様。さっきからロビンさんやサンジが言ってる“聖護翅翼”とやらの力、あいにくと実感したことはなかったから、どうすりゃ抑制出来るのか、はたまた強められるかなんて、全く判らぬルフィであり。ただ、
―― お互いの存在が互いを強くするってこと
幾多の艱難を乗り越えながら、少しずつ実感して来たことだったから。難しい兵法とかは相変わらずによく判らないけど、要らぬ無茶をしてゾロの気を散らさせちゃあいけないと、今はそれを感じ取った彼なのだろう。
「…えへへぇ。//////」
口元を真横に引いてのちょっぴり悪戯っぽい照れ笑い。見上げたゾロへ、にししっと頬笑んでのそれから、あらためて対手の方へと向き直り、
「さあ、言ってみなよ。」
風も時間も停まっている、そんな不思議な空間に、今微かにそよいだものがあったとしたなら。それはここに居合わせた面々の醸した、気持ちのそよぎの起こした何か。言ってみなもないものと、問答無用と突っ掛かってくるならば、ロビンやサンジが黙ってはいなかろし、ゾロのその身を張った盾もまた そう易々とは破れまい。こうまでの布陣の手ごわさにこそ、圧倒された格好で、
《 ……。》
声もないまま佇んでいた少年だったが、
《 そんなに難しいことじゃあないさ。》
ぽつりと呟いたのは、ちょっぴり悪びれたような口調のそれであり。
《 ボクが何物かとか、目的なんかまで話す義理はないけれど。でもまあ、玄鳳の生気を拾ったのはその子にまつわる経緯を浚ったからだし。》
さあ言ってご覧なと、上から見下すように話を持って来られたのが面白くないものか。不貞腐れているような気配は拭えなかったものの、それでも何をか話し始めたところは重畳。先程、サンジの口を塞いだ力が働いたのは、恐らくはロビンが、余計な刺激を与えてムキにならすまいとしたからなのだろう。そして、
《 …そうだね。その身へ飛び込んでも好きに出来ないってんならば。こっちの意向を言っといて、直接交渉した方が早いのかもしれないね。》
うんうんと頷いた坊や、浮かんでた高度を少しほど上げると、
《 ボクは…もう気づいてると思うけど、あちこちで生気を山ほど集めてる。》
そんな風に、自分の行動を語り始めた。
《 どういう生まれなんだか、結界障壁ってのへの抗性がボクは人一倍薄いんだって。だから、あちこちへ好き勝手に出没出来るし、陽体固化の能力もそこから派生させて身につけた。ほややんと淡くばらまかれてるけど同じ属性の生気を固めてサ、エナジーだけいただくの。自我がない存在なら、ご飯と一緒だ、構わないでしょ?》
言いようは乱暴で拙いが、例えば…太陽光のように“ただ在る熱源”からエネルギーを貰うようなものだと言いたいらしく、
“暴走した陰体から無理から吸い取ってくのは、ちょっと違うと思うけどな。”
そういう事例もあったこと、胸のうちにて転がしたサンジの想いにかぶさって、
《 けどね備蓄しておく空間には限りがあるでしょう?》
延び延びとした声があっけらかんと語り続ける。隠してる空間には結界をかけてるけれど、それだってどこまで保つものか。そういうのは凝縮すると暴発したりして危険だからって、それこそあんたたちのお仲間が、察知したらば浄化や昇華させにって飛んで来かねないじゃない。
《 そんな折にサ、何だか巨きな匣してる子が出て来たじゃんか。》
殻の大きさからは想像も出来ないほど、深くて錯綜しててサ。何てったっけ、絶対守護の翼みたいのを受け入れられたのもそんなせいだろ? 玄鳳とかいうとんでもない妖異が、形代にって目をつけてたんだってね。それほどの存在だったなら、そりゃあデカくて余裕なんじゃないかって思えてさ…などなどと。思っていたより深いところを色々と、短期間に調べ上げてもいた彼であったらしくって。言いたい放題をされた中には、まだ微妙に癒え切ってはないような部分もないではなかったけれど。まま、聞いてやると言ったからにはと、黙って聞いててやっておれば、
《 だからさ、その子、僕に頂戴よ。》
錯視をさせての同士討ちを招き、どちらへもとんでもない傷を負わせかねぬような乱暴で手ひどい仕儀まで打っておきながら。それこそが目的だったと、そりゃあ無邪気な言いようで、そんな言いよう、言ってのけた彼であり。
「な…。」
人としての意志や意識を封じたその殻を、匣としての容量を見込んで浚って行きたいどころじゃあない、浚った先にて…容器扱いにしたいとまでのこと、堂々と言ってのけたようなもの。
《 ああ勿論、本人の意志は大事にしてあげる。》
人としての生の間は、何の干渉もしやしない。むしろ、傷つけられぬようにガードだってしてあげるよ? これまで怖い想いをして来たんでしょう? そういうのも全部追い払ってあげるよ? 早死にだってさせない。色々と見て聞いて、楽しんで。満足のいく“生”を十分堪能させてあげる。ボクはその後でいいからサ。
《 だったら、何の問題もないでしょう?》
「なにを…っ!」
今ある自我が消えてからなら、何の問題もないでしょう? 少年が言っているのはそういうことで。
「そういう問題じゃねぇだろがっ!」
《 じゃあどういう問題なの?》
至って無邪気な笑みを浮かべる坊やだが、その眸の色合いは深くて昏い。
《 それこそこの子が決めることでしょう?》
その子の魂、だから、その子供の財産でしょう? けろっと言い返す少年へ、
「そうはいくかよ。」
サンジがついつい気色ばむ。
「遺される者の気持ちはどうなる。」
愛しいとか大切だとか思った者がその気持ちを無くすまで、その存在は消えねぇんだと、人目がないなら大上段から言ってやりたかった、いやさ言おうとしたけれど、
《 その子のお友達や親御さんがそう言うなら、聞いてあげてもいいけどサ。》
上級精霊らに取り囲まれて、圧倒されていたはずの小さな子供が、今はふふんと挑発的に笑って見せて。
《 あなたたちが…寿命が違って、だから遺される者の言い分なんて聞かないよ。》
立場の違う人の言いよう、道理が通ると思うの?と。聡明なればこそ、言われぬ部分までが判っての、向かっ腹が立つような態度を取る坊やだったのだけれども。そして、
「……。」
このやりとりを、ルフィの沈黙に合わせてか、やはり黙って見届けていたゾロであり。日頃からも、こういう場面ほどさほどカッとなる性分じゃあない彼ではあったが、ことはルフィに関すること。しかもその魂の扱いだ。こうまでの勝手を言われて、なのに黙したまんまとは。……と、
「お前、無茶苦茶身勝手だな。」
ルフィが、妙に弾んだ声を上げた。
「勝手な奴が全部悪いとは思わない。狡い仕組みを振りかざして、大勢の人を簡単に騙して。それでの勝手する奴に比べりゃあ、一人で侭にやってる奴は凄いって思うときもあるしよ。」
何とも剛毅な言いようをしてから、
「けどさ。」
笑みはそのまま、視線が少しほど色濃くなって、
「自分のことへの勝手じゃないなら、誰かへの勝手をする奴は、俺やっぱ好きにはなれない。」
それだけはね、譲れないんだと。それこそ胸を反らしてまでして言い張って見せ、
「だから、お前なんかにゃ絶対にやんね。」
くっきりと言い切ったその様子の、何とも頼もしく、楽しそうだったこと。
「だって俺、生まれ変わるつもりだし。」
いや、人生設計とかこれまでを反省してって話じゃなくてな? わざわざ言い直すルフィへと、ゾロがこっそり口の端をほころばせる。ああ、いつものマイペースだと思ったか、それとも…他のことへと気づいたからか。
「俺がどんな奴になってようと、
人間じゃなくたって、ゾロは必ず見っけてくれるって。
だから、この生が済んでの死んだら、後はどうでもいいってこたないんだ。」
悪かったな、期待にゃ添えない。へへっと笑ったルフィへと、
《 ク……ッ!》
ああ、初めてだ。そこまでの口惜しいという顔を、この坊やが見せたのは。ルフィが並べた言いようが、純粋で屁理屈が通らぬほど単純な想いだということへ。子供だからこその感性で、するすると理解出来たらしく、
「判ったでしょう? さあ、大人しく捕まりなさい。」
《 やなこったいっ。》
「おっと、そう簡単には逃げられねぇぜ?」
《 そっちこそ、さっきの話を聞いてたの? ボクを止められる人なんていない。その子を連れ出せないのは残念だったけど、ボクだけならばこんな結界くらい…っ。》
体へバネをため、飛び立とうと仕掛かった少年だったけれど。
「……甘い。」
頼もしい守護の懐ろからの声がして。ルフィがそのまま、頬をうにむにと擦りつけて甘えたところが……
ぱんっと
音が聞こえたほどの勢いと強さで開いたものが。
降りそそぐ光は、純白と聖なる荘厳。
穹へと弓なりのアーチとなって、剣のように聳えたそれは、
2枚で一対、つがいの翅翼。
あたりの存在をすべて、閃光の中へと取り込んでの輝いて、
亜空の障壁、さらに固めた奇跡の力がみなぎって………弾けた。
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*長らくお待たせいたしましたね。
どうもっていこうかと、苦心惨憺いたしましたが、
結果、こういう形となりました。
もうちょっとほど、お付き合いくださると幸いです。
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